ワイナリーを訪ねて Vol.1 林農園/五一わいん【調理食品・加工食品コンサルタント日記】





以前、信州の農家さんのもとで農業研修にさんかさせていただいたとき、毎晩お手頃価格で五一わいんの一升瓶が出てきたものです。
また、国産ワインの一ファンとしては、山梨から長野に抜け、ワイナリーを回るのもたまらなく楽しいということもあり、またやりたいなぁと計画し続けはや数年・・・・。。

という話はおいておいて・・。

こうした『ワインツーリズム』を長野県の観光部が積極的に行っている点、非常に興味深いですね。
NAGANO WINEを軸に地域活性化につなげるアプローチ、非常に興味深いと思います。

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ワイナリーを訪ねて Vol.1 林農園/五一わいん
http://www.nagano-wine.jp/special/winery/17/

目指すのは、世界に通用する銘醸地への道

試行錯誤を繰り返しあきらめず挑戦したぶどう栽培

ワインに詳しくなくても、「桔梗ヶ原メルロー」の名はどこか聞き覚えがあるという人がいるかもしれません。1989(平成元)年、権威あるリュブリアーナ国際ワインコンクールでメルシャンの「桔梗ヶ原メルロー1985」が、名だたるワインを抑えて大金賞を取ったことが大きく報道されたからです。
「わがことのようにうれしく、鳥肌が立ちました」と林農園の林幹雄社長は当時を振り返ります。それもそのはず、幾多の苦難を乗り越えて桔梗ヶ原にワイン用ぶどう品種のメルローを根付かせ、近隣の大手メーカーにも栽培を強く勧めていたのは、ほかならぬ林幹雄その人だったのです。
ヨーロッパで育まれたワインづくりを、気候風土の異なる日本で行うのは並大抵の事業ではありません。まして冷涼な桔梗ヶ原での栽培には、幾つもの壁が立ちはだかっていました。ワイン用ぶどうの中では寒さに強いメルローを選んだ林さんですが、桔梗ヶ原の冬はひときわ厳しく、春になっても芽が出ないなど、凍害や病害虫との闘いが続きます。しかし、独創的な栽培方法などで試行錯誤を繰り返す内に、温暖化という追い風もあって昭和60年ごろから冬を乗り切れるようになったのです。メルシャンが大金賞を勝ち取ったのは、その数年後。まさに禍福はあざなえる縄のごとし。以来、林農園のメルローは桔梗ヶ原の風土でたくましく育ち、一帯でメルローに取り組む栽培者も広がっていきます。
「メルローはこの地に合っています。酸度も糖度もあり、味がしっかりしている。ワインにしたとき、すべての成分を出し切れるんです」
こうして林農園の存在はワイン通に知られ、桔梗ヶ原にメルローありといわれるまでになりました。

出来上がったワインを飲み、1年を振り返る醸造責任者の一番うれしい瞬間です

ワインの出来栄えは、ぶどうしだいといわれます。自ら畑を持ち、醸造まで一貫して行うことで理想のワインづくりを目指そうとするワイナリーが少なくないのも、そんな理由からでしょう。
そして、良いぶどうが持つ力を余すところなく引き出すのは、醸造責任者やワインメーカーと呼ばれる人たち。
さんもそんな一人です。
「ポイントは品種の特徴を常にイメージすること。その年に畑が生んだぶどう本来の味や香りをワインに込めるのが私の役目です」
ワインづくりは毎年地道な作業の繰り返しですが、年によってぶどうの個性は微妙に変化します。摘み取ったぶどうを吟味し、小ロットに分けて仕込んでいくのが林農園流。その年の成育状況を見極め、熟成の仕方や期間をさまざまに試しながら、より良いワインづくりを目指しているのです。
「ワインは楽しい日に飲まれることが多いもの。やけ酒という言葉にワインは似合いません(笑)。私たちがつくったワインで大勢の方にいい時間を過ごしていただきたいですね」
ご自身も、毎年秋には出来上がったワインを飲み、1年の仕事を静かに振り返ります。それは醸造責任者として最高の瞬間かもしれません。

メルローは日本人の嗜好に合うバランスの取れたワインです

ところで林農園が生み出す五一わいんの代表格、メルローの魅力はどこにあるのでしょう。「同じ赤ワインでも、カベルネ・ソーヴィニヨンやピノ・ノワールは個性が強く現れますが、メルローは香りが穏やかで味のバランスもいい。日本人向きです」と林さん。メルローだけでなく、コンコードやナイヤガラなど古くから桔梗ヶ原で栽培されてきたぶどうも大切にしながらラインアップをそろえていますが、いずれもこの地のテロワール(土壌や気候)をしっかりと反映したものばかり。栽培から醸造まで、一貫した生産とつくり手の情熱が高い品質を保っています。2000年のリュブリアーナ国際ワインコンクールで、稀少な貴腐ワイン「貴腐郷」が金賞を受賞するなど、内外のコンクールで高評価を受けたワインも少なくありません。
「おかげで桔梗ヶ原といえばメルローといわれるようになりました。しかし勝負はこれから。世界に通用する銘醸地に育て上げることが夢です」
父・五一氏が入植した明治の終わりには、ほとんど原野のようだったという桔梗ヶ原。そこからの出発だからこそ、そして小さなワイナリーだからこそ成しえる上質のワインづくりがある。銘醸地への道は、ひたむきにぶどうを育て、ワインをつくる人たちの手で、いま切り開かれようとしています。



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